大阪高等裁判所 平成2年(う)581号 判決 1990年11月14日
主文
原判決中被告人に関する部分を破棄する。
被告人を懲役一〇月及び拘留二九日に処する。
原審における未決勾留日数中二九日を右懲役刑に算入する。
理由
本件控訴の趣意は、京都地方検察庁検察官検事田邉信好作成の控訴趣意書記載のとおりであるから、これを引用する。
論旨は、原判決には法令の解釈適用に誤があると主張し、原裁判所は、罪となるべき事実として公訴事実と同旨の事実を認定したうえ、「被告人を懲役一〇月及び拘留二九日に処する。未決勾留日数中二九日をその拘留刑に算入する。」との判決を言い渡したが、右判決は、刑事訴訟法六〇条所定の勾留要件を具備していなかったため勾留できなかった軽犯罪法違反の事実に対する刑である拘留刑に、業務上横領罪の事実に基づく未決勾留日数を算入した点において、刑法二一条の解釈適用を誤った違法があり、その誤が判決に影響を及ぼすことは明らかであるから破棄を免れない、というのである。
よって所論にかんがみ、記録を調査して検討するに、起訴状、原判決書、被告人に対する勾留関係書類、原審において取調べられた被告人の捜査官に対する各供述調書によれば、被告人は、平成元年一〇月二日、本件業務上横領罪を犯したと疑うに足りる相当な理由がありかつ逃亡のおそれがあるとの理由により勾留され、同月一一日右勾留事実と同一の事実及び軽犯罪法違反の事実を併せて起訴されたこと、一一月六日に保釈許可決定を受け、同月一三日に釈放され、以後身柄不拘束のまま審理を受けた結果所論指摘の判決がなされたこと、原判決は業務上横領の事実に基づく未決勾留日数を拘留刑に算入する根拠として、勾留要件を定めた趣旨と未決勾留日数を本刑へ算入することを認めた制度の趣旨は異なるから、既に実行された勾留をどの刑に算入するかは勾留の基礎となった事実にとらわれずに算入できると解すべきである。また事実上も判決時には勾留時に遡って勾留要件具備の有無の判断をすることは不可能な場合があると説示したことの各事実が認められる。
しかしながら、所論も指摘するように、未決勾留日数を刑に算入する制度は、事実上刑の執行と共通した性格を有する未決勾留を刑に算入することが衡平の理念に合致するという理由により認められたものであり、他方刑事訴訟法六〇条によれば、勾留は事件単位になされることが明らかであるから、仮に勾留要件を具備しない事実(以下勾留不能事実という。)が他の勾留要件を具備し、勾留状の発せられた事実(以下勾留事実という。)と併合して審理を受けたとしても、勾留不能事実に対する刑に未決勾留を算入することが前記理念に合致するとは考えられない。
なぜなら、右のような場合に勾留と刑との間に全く共通性、関連性が認められないからである。
なるほど勾留されていない事実(以下非勾留事実という。)に勾留事実の未決勾留日数を算入することができるとの解釈が確立しているが、それは事件単位の原則を徹底することによる重複した勾留の弊害を避けるため、一つの勾留を他の非勾留事実の取調べや審理に利用する実情に配慮した解釈であって、あくまで非勾留事実についても勾留要件を具備していなければならないと解するのが相当である。
右趣旨は、前記解釈を判示した最高裁判所昭和三〇年一二月二六日第三小法廷判決(刑集九巻一四号二九九六頁)の判文中に「そのうち一つの公訴事実についてすでに正当な勾留が認められているときは、検察官は他の公訴事実について勾留の要件を具備していることを認めても、それについてさらに勾留の請求をしないことがある」と説示している点に照らしても明らかであると認められる。
従って、未決勾留日数を勾留不能事実に対する刑に算入することは違法といわなければならない(なお勾留要件の有無を事後的に審査することが原判決が説示するほど困難であるとも考えられない。)。
これを本件についてみるに、記録によれば、被告人は勾留時、保釈時及び判決時を通じて一定の住居を有していたことが認められるから、刑事訴訟法六〇条三項により軽犯罪法違反の事実については勾留できなかったことが明らかであり、そうすると右事実に対する刑である拘留刑に業務上横領の事実に基づく未決勾留日数を算入した原判決には刑法二一条の解釈適用を誤った違法があり、右誤が判決に影響を及ぼすことは明らかであるといわなければならない。論旨は理由がある。
よって、刑事訴訟法三九七条一項、三八〇条により原判決中被告人に関する部分を破棄し、同法四〇〇条但書により更に判決することとし、原判決の認定した事実に法令を適用するに、被告人の原判示第一の所為は刑法六五条一項、六〇条、二五三条に、同第二の所為は同法六〇条、軽犯罪法一条一六号に該当するところ、被告人には業務上占有者の身分が無いので第一の事実について刑法六五条二項により同法二五二条一項の刑を科することとし、原判示第二の罪については所定刑中拘留刑を選択し、以上は同法四五条前段の併合罪であるから、同法五三条一項本文により右懲役刑と拘留刑を併科することとし、各所定刑期の範囲内で被告人を懲役一〇月及び拘留二九日に処し、同法二一条を適用して原審における未決勾留日数中二九日を右懲役刑に算入し、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 近藤暁 裁判官 安原浩 裁判官 片岡博)